これが、
大江健三郎と浅田彰の対話に出てくる「ボルヘスの地図」だ。
……その帝国では地図作成法の技術が完璧の誠に達したので、ひとつの州の地図がひとつの市
の大きさとなり、帝国全体の地図はひとつの州全体の大きさを占めた。時のたつうちに、こうし
た厖大な地図でも不満となってきて、地図作成法の学派がこぞってつくりあげた帝国の地図は、
帝国そのものと同じ大きさになり、細部ひとつひとつにいたるまで帝国と一致するにいたった。
地図作成にそれほど身を入れなくなったのちの世代は、この膨張した地図が無用だと考え、不敬
にも、それを太陽と冬のきびしさにさらしてしまった。西部の砂漠地帯にはこの地図の残骸が断
片的に残っており、そこに動物たちや乞食たちが住んでいる。これ以外、国中には地図作成法の
いかなる痕跡も残されていない。
ボルヘス『怪奇譚集』晶文社
もちろん、この話全体がボルヘスの作品であることは、言うまでもない。
「記憶の人」などボルヘスの作品は「思考実験」の宝庫だ。
これに匹敵するモノを探してみると『ガリバー旅行記』ではないかと
思っている。とくに、ラピュタ島の下にあるラガードの「哲学者」
は秀逸だ。